「adidas」 ヒストリー

創業者は、アドルフ・ダスラー。
1920年 ドイツ・ニュルンベルク近郊のヘルツォーゲンアウラッハで、靴製造の会社「ダスラー兄弟商会」を設立。
     兄のルドルフが販売、アドルフが生産を主に担当。
1948年 兄弟との意見対立により「ダスラー兄弟商会」を解消。アドルフはアディダス社を設立。
     「アディダス」とはアドルフの愛称「アディ」と「ダスラー」をつなげたもの。
     なお兄ルドルフはRUDE社を設立。これが翌年、プーマ社となる。
1965年 テニスシューズ「ハイレット」を発表。これが後のスタンスミスである。
1970年 オールレザーのバスケットシューズ、「スーパースター」発表。
1973年 創世記からクロスカントリーランニングシューズとして作られていたオリジナルモデル「カントリー」復刻。
     「カントリー」「スーパースター」「スタンスミス」の3つで御三家と呼ばれ、この3つは人気・売り上げとも今も安定。

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「adidas」 情報あれこれ

 1920年、ルドルフ・ダスラー(兄)とアドルフ・ダスラー(弟)が「ダスラー兄弟商会」という靴製造会社を設立。この際に室内用のシューズを作ったのが、現在のアディダス社の前身となっています。
 4年後の1924年に、スポーツシューズ製造工場を建て、体育館用シューズを本格的に作り始める。
 1年後の1925年に6本の固定スパイク付きランニングシューズ、そして1929年に世界初釘止めスタッド付きサッカーシューズを完成させ、アディダス社の歴史のスタートとなりました。
 Adidas の名の由来は、創設者アドルフ・ダスラーの通称 アディ(Adi)とセカンドネームのダスラー(Dasser)にちなんで付けられたと言われています。
皮で作られていたスポーツシューズの補強のために編み出された3本のバンドが、今ではアディダスの象徴。
現在では、世界3大スポーツブランドの一つと言われるほどの世界的にも有名なブランドの一つです。

「アディダス カントリー」

 過去のアディダスのスニーカーはフランスで製造されていました。当然フランスメイドというなんともいえない独特のいい雰囲気を出しているといわれています。これらは、このアディダススニーカーのマニアの間では大きな存在価値を持ち、とても高額で取引されているらしいのです。
 アディダスが誇る膨大なアーカイヴのなかでも三大名品といわれるモデルがあります。「カントリー」はその中の一角を占める重要なモデルです。アウトソール以外に白を配したこのカラーは、カントリーとは思えないくらいファッショナブルに変身しています。
 アディダスの数多く存在するアイテムの中でも永遠の定番との呼び声高い「カントリー」。アディダス創世記にクロスカントリーランニングシューズとして作られてから、細かな仕様変更が幾度あったものの基本的デザインは変わらないブランドを代表するモデルであります。
 シャープでほぼ完成していると言っても過言ではないデザインは、ファッションアイテムとしても、どんなスタイルにも合わせやすい柔軟性を誇ります。現在のハイテクシューズとは異なる趣きの人気は今も衰えません。

アディダスカントリー 商品一覧

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Copyright © 2008 アディダス 「カントリー」